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アウトロー臨終図鑑 外伝

アウトロー臨終図鑑 外伝

山平重樹の書いた「アウトロー臨終図鑑」
最近の本で、一番強烈な印象を受けた。著者はいろんなアウトローを、亡くなった年代別にひとりひとりに、個人的な付き合いや、思い出、また印象等から、書き記した、本。有名な人も居れば、初めて自分が知った様なマイナーな人まで、多彩に記実している。
アウトローと言えば、ヤクザ、左翼運動家、右翼、が定番だが、例えば夜桜銀次もその一人、彼の名前を知ったのは菅原文太演じる東映映画「山口組外伝〜夜桜銀次」
である。博多の街が随所に登場する、撃たれた祇園あたり、昔、近くに住んでいたので、懐かしい、その旅館がまだあるという。山口組の刺客として、送り込まれた銀次が、金を貢いでいた、炭鉱経営者が、殺し屋を雇って殺したと言われている。彼は確か大分出身の男、最後のシーン、撃たれた、血染めの背中の夜桜の刺青がなんとも印象的。しかし、この映画のレンタル探すの、大変だった。今はこの種の映画🎞Amazonプライムとかで、見放題とか。ヤクザ映画ファンとしては何度も見たい作品。CAEF7C3E-541E-46EB-947B-7CA342A9E080
そして、次に印象的なのが、アマ将棋師、小池重明のこと。いまでこそ、藤井聡太が、脚光浴びているが、はるか昔、もっと凄い棋士がいたのである。彼の凄いのは、いわゆるかけ将棋に生きた、いや生きざるを得なかった天才棋士、その私生活の奔放、無頼から、度々、問題起こし、プロには認定されなかった。自堕落な、生活の果てにあったものは?
団鬼六が、後年面倒見たが、最後病床から、抜け出てプロとの試合で、ボロボロの身体で、勝った伝説。昭和の坂田三吉である。A0798392-8C06-47B9-A93A-0EFE1BE0145F

そしてもうひとり意外な人がそれは高橋和巳である。彼がアウトロー?異論があろう。しかし、当時反権力の学生のシンボルであった、この若き京大の助教授。苦悩と挫折の生涯。丁度、自分が、大学時代、昭和43年から昭和47年までの間、、彼は京大の助教授であ京大闘争に身を捧げ、左翼運動家のシンボル的存在でした。かれの「邪宗門」〜「我が心は石にあらず」など、当時貪り読んだ記憶がある。今もかれの本をリバーサイドに置いている。学生と大学当局の狭間で悩み続け、三島由紀夫が割腹自殺した、半年後、39歳の若さで、癌で亡くなった。真摯で原理主義の人でした。D44B0605-0C27-4532-8585-79081E7D8E39

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また、小説家も何人か取り上げている。
檀一雄もそのひとり、火宅の人と呼ばれた、豪放磊落、自由奔放な、生き方は、類を見ない。よく無頼派、破滅型と言われるが、太宰治とは違い、男性的で、明るいところがある、かつて、晩年ポルトガルのサンタルスカに1年4ヶ月滞在し、現地の人との交流、得意の料理を振る舞い、毎晩飲み明かしたらしい。確かRKB毎日放送が、高倉健が檀一雄の足跡を🐾巡る旅のコメンテーター役をした番組を観た事がある。「我れ生涯にひとり」と天然の旅情に赴くまま、世界中を放浪した、檀一雄、男のロマンを感じる、自分も店辞めてからは、とにかく奔放で自由な旅を最後にしたい。自分の場合は旅打ち旅行になるか?最近、檀一雄の作品、大林宣彦の遺作として、「花筐」を映画化🎞し、観ました。唐津が舞台の幻想的な素晴らしい映画でした。三島由紀夫がこよなく愛した作品だとか。
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そして、もうひとり、色川武大も取り上げていたもう一つの名前を阿佐田哲也という、「麻雀放浪記」はギャンブル小説のバイブル、〜朝がきて、麻雀で徹夜したから、阿佐田哲也という名前をつけたらしい。生粋のギャンブラー、ナレコプシー病という、睡魔に襲われる奇病を持ち、麻雀中にも牌をもつたまま、居眠りをすると有様。異常な食欲の為、肥満になり、胆嚢を患う、晩年は東北は一ノ関に移住した。ジャズが好きだったらしい、あの「ベイシー」にも時折顔だしていたらしい。師匠と仰ぎ親しかった、伊集院静が、「いねむり先生」という本を出している。映画化にもなった。二人は競輪仲間でもあった。全国の競輪場に二人で、出かけていたらしい。二人の友情がほとばしるいい本、面白かった。しかし、色川武大で、「離婚」「狂人日記」などの純文学の旗手でもあった。80625151-2155-4CC7-995A-9F9050D06E28

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この本で、寺山修司も出てくる、彼のことは、散々書いてきたからここでは、省く、
あと。中上健次、梶山季之、中島らもなども。
またそのほかで、左翼運動家がたくさん出てくる、元赤軍派、全共闘、、そして所謂、民族派と呼ばれる人々、野村秋介なとその代表。そして、ヤクザ、俳優では、鶴田浩二、若山富三郎、成田三樹夫、川谷拓三、歌手では、尾崎豊が唯一取り上げられている。たこ八郎、藤山寛美、横山やすし、など、破天荒な人ばかり。
しかし、まだ亡くなった、ここで取り上げられなかった、アウトローは沢山いる、第二弾を待ちわびる。それぐらい面白かった、ひとによっては、ひとり2.3ページで終わるから、物足らないかも、でもこの作者山平重樹が、一番のアウトローかも知れない。

real jazz revolution 5を終えて〜雑感

real jazz revolution 5を終えて〜雑感
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今年も5月2日に大名ROOMSで盛況のうち終える事が出来ました。思えば、最初この企画を思いつき、5回目になりました。最初は、自分の個人的趣味の実現、まあ簡単に言えば、道楽で始めたようなもの、、いわゆるフリージャズの祭典と言われてはいますが、自分が聞いてきた1970年代あたりのフリージャズとは少し趣きは違う、、それは当たり前の事で、演奏する人達が、その年代に生まれた人が多く、リアルに生でフリージャズを聴いて来たかほとんどいないからです。その頃は、あのスイングジャーナルの表紙にアルバイトアイラーなんかが選ばれていましたからね、フリーの記事も結構あった、相倉久人や、間章、副島輝人なんかの評論が結構掲載されていたかと。当時自分は就職で、上京、夜な夜な、新宿や、荻窪とか、だいたい中央沿線辺りのジャズの店に、通ってた。特に紀伊国屋の裏にあった新宿のピットインやコマ劇場近くのタローにはよく通ったなあ。
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あの頃はナベサダや、日野皓正などビッグな人が出演しており、目の前で聴いて震えた記憶がある。勿論その頃は「blue note」などはなく、外タレも、こういう店で演ってた。そして、いわゆるフリージャズの人達の演奏もよく遭遇した、山下洋輔、佐藤允彦、冨樫雅彦、沖至、高木元輝、豊住芳三郎、森山威男などなどいまでも活躍している凄い人達を、目の前で聞いた。特に悔しく残念なのは、阿部薫を聞けなかった事である。その頃、池袋なんかの店でソロライブをよく演ってた記憶がある。何故かわからない、その頃はフリーだけでなく、ナベサダをはじめとする、メインストリームも同時によく聞いてたからか、そこまで足を運ばなかった。昼間はサラリーマンをしており、夜時間を見つけては、一人で行ってた、勿論この頃、新宿、渋谷などには、多くのジャズ喫茶があった。新宿は「DUG」「DIG」「木馬」「ポニー」「ビレッジバンガード」「サムライ」など、渋谷は「オスカー」「ジニアス」など、よく通った、フリージャズは特にこうしたジャズ喫茶でよくかかっていた。コルトレーンの「クルセママ」「アセンション」「神の園」などが、平気で流れていた、アルバイトアイラーとかセシルテイラー、アーチシェプ、ドンチェリーとかそこで、知った。暗い店内で黙々と聴いてる人がいた、自分もその一人、九州の片田舎から上京し、流石に会社が馴染めず、退社後、ひとりで、新宿を、徘徊した。そして、入社して3、4年目ぐらいだったかなあ、正月、九州に帰らず、東京で過ごした、その時、エルビンジョーンズが3Daysライブの告知を見た、そして、何日目かに、ピットインに行った。その時のメンバーが、エルビンジョーンズ、山下洋輔、
武田和命、国中勝男、向井滋晴だったか、それはそれは凄い演奏だった。いまリバーサイドのトイレにその日の写真を額に入れて飾っている。トイレで山下洋輔と遭遇し、連れションしたのである。克明に覚えている。その数十年後、まさかリバーサイドに山下洋輔が、来店しようとは、その話をしようかと思ったが、目の前にいると流石に出来なかった、その時は、感無量でした。しかし、その後、山下洋輔トリオのドラマー小山彰太とは昵懇になり、昨年のreal jazz revolution4のゲストで出演してもらった。いつかは山下洋輔もと思うのは、贅沢か?思えば最初、天神にある、あんまり似つかわしくないホールで第一回をreal jazz、revolutionを開催した。衝動にかられて、とにかく開催した。それまで、福岡のジャズイベント、中洲ジャズなんかも含めて、なんか違うよ!とずっと思ってたマグマが爆発したのである、ボーカルをゲストに、ジャズバンド、ビッグバンドが演奏し、まあ定番のジャズ演奏し終わる、これはこれで、ジャズファンの大半はこうしたジャズを楽しみに来ている、、、昨今はボーカルがジャズの花形でありそれぞれ多くのお客さんが、詰めかける。それと並行して、インストジャズへの客は段々と減ってきていた。特にフリージャズ系は、まさに、風前の灯、しかし、微かな光の様に、こうしたジャズを演奏するミュージシャンはいるのである、勿論、生活して行かなくてはならないので、万人受けするジャズを演奏しながら、影では、悶々とその機会をまってる様な、、、人達。しかし、沢山お客さんの来るライブほどあんまり、真剣に聴いてるというか、というとまた別問題。要は喧騒の中に自分を置く事で、安心しているだけなのである。仲間がいる、演奏後、打ち上げでワイワイやる事が目的になってきている。いつも間にか、ジャズを聴く事が手段になってきている。目的はジャズを聴く事の筈、まあそれに付随して、食事、ダンスパーティ(舞踏はアート)みたいなライブが多くなってきている、自分はこうした物とは一線を画したい。フリージャズはこうした音楽文化とは対極にあると思う。確かに客はいつも少ない、しかし、ひとりでも必死で聴いてる人がいる方が気持ちがいい。ジャズへのリスペクトが強い客、そして、歴史や過去のレジェンドへの尊敬の念を持っている人、これはミュージシャンも一緒。今回、real jazz revolution5で大ブレイクした、pd の二人も、過去のフリージャズの事、ミュージシャンの事よく知ってる、研究しているのである。これである、キースジャレットは知ってるが、バドパウエルを知らないじゃ話にもならないのである。
ジャズを聴く、演奏するには、それなりの知識、勉強は絶対必要なのである、しかし、いまのジャズスクールなどでは、ます教えないだろうな、もっとも教えてどうこうなるものでもないが、、。自分の足で、いろんな人と出会い身につけて行かなくてはならない。ジャズ喫茶はそうした場所であった。70年代、80年代はある意味それが出来た。ジャズ喫茶が衰退していく昨今で、それを伝承していくのは大変なのである。リバーサイドも、再開発かなんか知らないが理不尽にも、ビルの建て壊しが予定されており、立ち退かなくてはならない、、、日本独特のジャズ文化を伝承していくには、店の使命感も大事だが、ファンの意識も大事であるという事でもある。しかし、いま世の中、一億総タレント時代、歌ったり、演奏したりする人は沢山いる。それはそれでいいが、いい演奏は、やはり聴く時はきけと大声で言いたい。
また、来年の5月2日に大名ルームスでreal jazz
revolution 6を開催する予定。頭の中で、もう構想が始まってる。
これは、もう自分のライフワークである。
ゲバラは言った、「祖国か死か」
自分は「ジャズか死か」である、ちと大袈裟だが、、
(文章のなかの敬称は略してます)
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私小説が面白い〜西村賢太の世界

私小説が面白い〜西村賢太の世界
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私小説!この言葉から思い浮かぶのが、暗い、チマチマした話、四畳半、とかく、ネガティブなイメージが先行する。私小説の定義なるもの、ちょっと調べてみた、

ウィキペディアから、抜粋

私小説(ししょうせつ、わたくししょうせつ)は、日本の近代小説に見られた、作者が直接に経験したことがらを素材にして書かれた小説をさす用語である。心境小説と呼ぶこともあるものの、私小説と心境小説は区別されることがある。日本における自然主義文学は、私小説として展開された。
1907年(明治40年)の田山花袋「蒲団」を私小説の始まりとする説が有力であるが、平野謙は、1913年(大正2年)の近松秋江「疑惑」と木村荘太「牽引」を、私小説が確立した時期だとする[1]。これらが多く自己暴露的性質を持っていたのに対し、志賀直哉の『和解』のような作風を「心境小説」と呼ぶ。客観描写ではなく、対象を見た著者の内面を描く事を主眼とした。

文学史的には、絵空事のストーリーを楽しむロマン主義を否定する形で生じたリアリズム(写実主義)の極北に相当する。あらゆる空想的要素・虚構的要素を排して、実際にあった事実を示すことで、「真実を描く」という芸術の目的を達成しようとした。結果的に、ひたすら作者の実体験に範囲を限定して、身辺や自分自身のことを語ることが多い。描写も、客観描写よりも内面描写を中心とすることが多い。

その名称から、「私」と一人称で語られるものとする誤解があるが、三人称のものも多い。私小説の「私(ワタクシ)」とは「公(オオヤケ)」の対語、つまり「プライベートなこと」と解することもできる。小説においては作者と作品の主人公は同一視出来ないとするのが一般的だが、私小説の解釈では主人公がしばしば作者本人と同一視され、作者の年譜との比較検証がされる事もある。破滅型私小説として、花袋、秋江に続いて、葛西善蔵、嘉村礒多、初期の太宰治、また調和型私小説としては、志賀の弟子筋の瀧井孝作、尾崎一雄、藤枝静男、網野菊などが挙げられる。

私小説は、リアリズムが根幹にあることがわかる、真実を元に描かれるのだから、自ずと作家自身の身の回りの出来事、心象が中心になる。
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自分はどちらかというと、太宰治や、葛西善蔵などの破滅型私小説が好きである。後々の作家としては、一時はまった車谷正吉という作家がいる。この人の作風は、ちょっと今までの作家とは違う、、なかなか表現難しいが、谷崎潤一郎、、ごとくというか。最初読んだのが『鹽壺の匙』その後、直木賞もらった「赤目四十八瀧心中未遂』を読み、フアンに。映画化もされ、寺島しのぶの出世作となる。監督は、長崎生まれで博多育ちの荒戸源次郎、九州大学建築学科卒という異色の人、鈴木清順の「チゴイネルワイゼン」「陽炎座」などをプロデュース。この「赤目四十八瀧心中未遂」は自身が大阪時代住み込みで焼き鳥屋にいた頃の話がモチーフに、私小説というより、長編小説、実に面白かった。最近はそれ以後あんまり読まなくなった、、というより、結婚して作風が変わったからかも。のめりこのも早いが飽きるのも早い。しかし、太宰治だけは、いまも時折読む、やはり彼は別格である。檀一雄も好きであるが、やはり太宰治こそ、私小説の雄だろう。葛西善蔵も、破滅型、いわゆるデカダンスの代表。しかし、最近になって、西村賢太という私小説家がわたしを虜にしている、ほぼ全作読んできている。そして彼が尊敬している、使用初期の私小説家、藤澤卓造も、彼の本で知った。富山のかれの墓から、自分の部屋には戒名、諸々持ち帰るほどの異常さ。そして、中学卒業して、日雇いをしながら、風俗通いの日々、まさに酒とバラの日々なのである。

「苦役列車」で、芥川賞を貰い、一躍有名に。実はその前にかれの「暗渠の宿」を読んでいた。

その時、あまりの凄さ面白さに、名前を覚えていた。その後の受賞に驚嘆。選考委員会で、あの石原慎太郎が絶賛したのがなんとも奇妙。

まさに、私小説の権化、いつもでてくるのは本人(かんた)そして、同棲する女とのチマチマしたやりとり、喧嘩、恋愛と呼ぶにはあまりに泥々した生活、全く美しさそこにはない。インテリジェンスの匂いは全くない。しかし、読めば読むほど思い当たる事の連続、そして男というものの業が、これでもかこれでもかとたたみかける。しかし、底知れぬユーモアに満ち溢れている。決して絶望感はない、太宰治なんかと違い、生、そして性への欲求が果てしない。だから、また買って読む。「小銭をかずえて」そして、デビュー作「けがれなき酒のへど」「どうせ死ぬ身のひと踊り」など、エッセイ「どうしても小説にすがりたい夜がある」など特にいい。かれが尊敬する作家が、田中英光、藤澤卓造、そして意外にも大藪春彦。中卒でありながらも、文学を志す気概、あの中上健次を彷彿させるが、それほど、難解な純文学でもないのである。しかし、女性の読者はどうだろうか?少ないのでは、時折、どんな人が、読んでるのだろうかと想像する。風態もとても女にモテそうな感じではない(失礼)時折、テレビにも出るが、放送禁止用語連発していた。でも好きである。私小説もバカにしたものではない。フィクション駆使し、物語を作ってもそれは所詮、作りば話なのである。「事実は小説よりも奇なり」である、お暇な方は是非読んでください。
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カイジとアカギ 〜福本伸行の世界

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カイジとアカギ 〜福本伸行の世界

漫画、正確には劇画というか、この歳になり、また夢中になるとは、夢夢思わなかった。
子供の頃、家の近くに貸本屋があり、よく借りて読んだ、あの頃読んだのが、ゴルゴ13で有名なさいとうたかおの「台風五郎」という探偵もの、や手塚治虫の「鉄腕アトム」また、「鉄人28号」「赤胴鈴之助」などであった。
少年クラブなどの雑誌も夢中に読んだ記憶がある。しかし、高校生ぐらいになると、受験勉強もあり、漫画から遠ざかった。大学に入り、劇画と遭遇し、辰巳ヨシヒロ、つげ義春、などいわゆるガロという雑誌によくで出ていた人達と出会う、独特の作風、ストーリーに魅せられた。あの頃、貧乏学生の自分に、つげ義春の絵が、心に沁みた。時は学生運動華やかし頃、
自分の心情風景がまさに、彼の絵に現れていた。かれの中で一番好きなのが「ゲンセンカン主人」。
ウィキペディアより、概要
前世や因果、輪廻など仏教的なモチーフを前面に押し出した、一種の恐怖漫画であり幻想漫画でもあり全体にほの暗い色調に貫かれている。また、極めて日本的な物語を描きながら、つげがかつて愛読したエドガー・アラン・ポオの影響をもうかがわせる不思議な味わいを持っている。本作の主人公は、つげ義春の自画像に近いリアルな劇画風キャラクターとして描かれるが、主人公のキャラクターはコマによって左右非対称になったり、表情が変わったりと目まぐるしい変化を見せる。しかし、その変化はかえってこの作品のテーマである自己否定の不安感を際立たせる結果となった。
これはもう漫画というより、純文学である。
「ネジ式」「紅い花」などもいい。そしてかれが書いた旅行記「貧困旅行記」が好きである。各地の湯治場にひとりで行き、旅する。
また、弟のつげ忠男も、好きである、似た作風では、あるが、よりシリアスな感じがある。
辰巳ヨシヒロ、水木しげるも結構読んだ。
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社会人になっても、ちょくちょくこうした漫画を読んでいたが、、、年をとるにつれだんだん読まなくなった、そこで出会ったのが福本伸行である。最初は中条きよし主演のドラマ「銀と金」を見てから、彼の存在を知る。それから、勿論漫画の「銀と金」を見る👁そのストーリーの面白さに、惹かれた。それから彼の大ヒット作、カイジとの出会いである。いやとにかく面白い、アニメでも見たが、ストーリーの奇抜さ、ギャンブル漫画といえば、それだけかと思うが、いやいやどうして^_^、現代の世相、格差社会を面白く可笑しく、表現し、衝撃的ですらある。借金まみれの主人公カイジ、今そこにいるような若者が、泥沼から這い上がろうと、悪戦苦闘する、そして、周りの登場人物が個性溢い、利根川幸雄、そしてその親分 兵藤、など彼らの吐くセリフ、名言がまた面白い。

「金は命より重い・・・」
「恥を知れっ・・・・!
悪党なら最後まで悪党でいろよっ・・・・」

「目先を追うなっ・・・・・・・!
いい加減気がつけっ・・・・・・・・!
耐えることなくして
勝利はないんだっ・・・・!」

この名言をまとめた本まで出てる。何かが起こる前兆に「ざわざわ、ざわざわ」という文字が出現し、カイジの戦いがはじまる、

そしてカイジと双璧をなすのが、麻雀漫画「アカギ」である。麻雀といえば、やはり、阿佐田哲也の「麻雀放浪記」だろう。映画にもなり、
映画賞、総なめにした。監督はイラストレーターの和田誠、モノクロで、終戦後の混乱期の雰囲気がよく出ている。鹿賀丈史演じる、どさ健が、特に凄く印象に残っている。素晴らしい映画である。

そして、アカギ、闇に現れた天才少年、アカギ、、、という触れ込みで登場する。
負け続け借金まみれの南郷という男の代打ちし、取り戻す。その打ち方は天才、実際には、ほぼ不可能は展開から、逆転する、スリルはなんとも面白い。ヤクザとの抗争になかで、代打ちし、まみいる伝説の雀士を、蹴散らす。
痛快である、しかし、カイジもアカギも基本的にはアウトロー漫画、暗いのである。でも、どこかこの荒廃とした現代の世相を良く表している。カイジは、ウダツの上がらない借金まみれの若者が、大金を掴むため、金持ち悪党どもの仕掛けたゲームに挑戦していく話。一方アカギは、死を恐れないニヒルな笑み、感情さえもない、天才雀士、アカギの生き方を書いている。
カイジは金との戦い、アカギは命との戦い、どちらも切なく、胸にくる。
YouTubeで、どちらもアニメが全編観れる。

格差社会がここまでくると、真面目に働いても、人生見えてくる、一発逆転を夢見る人間は、つかのまの夢を見るため、ギャンブルに嵌まる、、そして破滅。
パチンコ、競馬、競艇、競輪、オート、、こんなに国中、一応合法的には認められたギャンブルがある国も珍しい。あの韓国ですら、一時パチンコが流行りそうになり、すぐ国は全廃した。しかし、日本はどうだ、カジノまで作ろうとしている。高い寺銭とり、国、地方、そして民間業者、入り乱れ、庶民からむしり盗る。
それでも、人はギャンブルをする。

そこには、遣る瀬無い現実の逃避と、つかのまの夢を追い続ける、人間の本性がある。

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生きてる証なのかもしれない。

ユリイカという、有名な文芸誌に特集されました。
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沖縄ぶらり旅 ラスト

沖縄ぶらり旅 ラスト

3日目は、宿屋はコザ(沖縄市)にしていた。
那覇以外に泊まるのは初めて。コザも嘉手納基地に近く、米兵が多く居住していることで有名な街。街の中を歩くと、やたら英語の看板の店が多い、そして、コザといえば沖縄ロックである。かって「紫」「コンフイデンショングリーン」などの個性的はロックバンドが生まれた土地。なんだか、アメリカの南部の街に来たみたいな錯覚になる。今日の宿屋も、サンライズホテルといって🏨いかにもアメリカナイズされたホテル、昔、米兵の将校などが泊まったホテルらしい。まず、部屋が広く、ベッドもダブル、調度品もなかなか風格がある。これで朝食付きで6000円ぐらいと安い。1階には、steakレストランがある。また、泊まりたくなる。那覇のホテルが狭く、ゆっくりできなかったから、着いてすぐ、風呂に入り、しばし仮眠。^_^それから街に、いきなり交差点で、ごつい男達のポスターが、伝説のバンド「紫」.ジョージ紫ではないか、コザはやはり、ロックの街、しかし、正月なのか人通りが少ない、、有名なライブハウス「JET」に行ったが休み、、アベニュー通りに行くと、何軒か怪しいバーなどがあるが、兎に角人が少ない、米兵の姿もない、そういえば最近の不祥事で、外出禁止令が出てるのかな?禁酒なのかもしれない。腹ごしらえに、商店街に屋台風の居酒屋、ここだけは結構賑わっていた。ビール瓶の箱を積み上げたテーブルに座る、1000円払うと2杯酒が飲め、お通しが付いてる、アイドルのカード2枚渡された、酒注文すると、渡す仕組み、驚いたのは棚には日本酒ばかり、沖縄では、本土の日本酒が人気らしい10727291-90A3-4857-A69E-DEE60FD9AEC4590C64C0-922F-4D64-AF4A-3C765E395EA4
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でも国際通りではこんな店なかったなあ、不思議だ。つまみも牛の煮込みが絶品でありました。腹ごしらえして、しばらく散策、それにしても寂しい。一軒、立ち飲みバーで、引っ掛け、ホテルに帰る、ここではさしたる出会いはなく、小説でも読みたくなり、スーパーの上にある、本屋に寄るここで買ったのが伊集院静の「愚者はお前がいなくなって淋しくてたまらない」という本、かれの自伝的小説、ご存知の通り、彼の妻は夏目雅子だった、白血病で、無くした直後の話である。愚者とはもちろん夏目雅子ではない、当時彼は、自暴的になり、酒とギャンブルに明け暮れていた、ギャンブルは競輪である。その時、偶然仲がよくなった友人がエイジという競輪担当のスポーツ記者。全国に旅打ちしながら、エイジとの交流、旅先での、エ出会った人達とのエピソードを記した私小説なかなか面白い。「旅打ち」これは、自分の憧れでもある。それらしき事は時々やる、毎年東京に年末行くが、かならず、競馬をする、その時は競馬はさすが、中央競馬はやってなく、地方競馬である。関西へは、よく菊花賞、宝塚記念など、現地に行ったそのあと京都で、酒を飲んだり、ジャズの店に立ち寄った。関西も楽しい、今年はダービー🏇観戦久々にしたいと思うが、暇が出来るか?伊集院静のらこの気持ちがよく理解できる、最愛の妻を亡くし、ギャンブル、酒に溺れる、原稿料を前借りし、ひたすら旅にでる、エイジという記者も死んでしまうのである。以前、「いねむり先生」という本も読んだ、あの阿佐田哲也との交流を描いた作品である。CA04F5E5-7861-4622-A9ED-FAE5F8421B4D
麻雀放浪記の阿佐田哲也といえば、彼も競輪通である。競輪は人と人との絆、競馬にはない独特の魅力があるらしい。今読んでるこの本にも、阿佐田哲也と伊集院との出会いの場面が書いてある。大人の出会いである。

話をコザに戻そう、コザは嘉手納基地の近くに
ある街、いまは沖縄市と呼ばれている。かって、コザ暴動というのが起きた1970年(昭和45年)12月20日未明、アメリカ施政権下の沖縄のコザ市(現在の沖縄市)で発生したアメリカ軍車両および施設に対する焼き討ち事件である。直接の契機はアメリカ軍人が沖縄人[3]をひいた交通事故だが、背景に米施政下での圧制、人権侵害に対する沖縄人の不満があった。コザ騒動(コザそうどう)、コザ事件(コザじけん)、コザ騒乱(コザそうらん)とも称される。基地と住民との軋轢は、戦後から現代まで
度々問題になる。地位協定の名の下、アメリカの犯罪や事故にたいして治外法権まがいの処置が度々行われる、沖縄の人々を気持ちを、蹂躙し続けている。
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その事に思いをはせながら、通りをずっと歩いた。基地がある限り、地位協定がなくならない限り、また度々起こる。確かに基地に支えられ、多くの人々が、仕事として関与している現実、なくなれば、失業するだろう。しかし、沖縄はもう観光だけで充分いけるので、何処かで変わらないと、未来永劫、米軍基地のある島で戦争に巻き込まれる。万一、近隣で紛争が起こるという沖縄がまた、悲劇を繰り返す。

あくる日コザを後にし、また那覇へ。打って変わって国際通りは沢山の人通り、街角で三線弾いてるおじいちゃんに出くわす、いわゆるストリート、暫し聞き惚れる。この島唄、三線は沖縄音楽のルーツ、胸に響く。夕飯はまた、例の屋台へ、そこでおいちゃんという店のオヤジ、ふたりの現地の女の子とだべりながら、ステーキ、餃子、島らっきょを餌に泡盛をあおる。ジャズの店行くつもりだったが、懐具合も寒くなり、もう食べ、飲むことに投資、動くのも面倒だし、なんだか居心地がいい、若い子のひとり、3人の子持ちと聞いて驚いた、最初の子はおそらく、15.6歳の時か?しかも、これから夜の仕事に出かけるらしい、、肝っ玉母さんやな。まだ、一度も沖縄から出た事ないらしい。
今度、初めて東京に慰安旅行で行くと嬉しそうだった。店のおいちゃんは暫く東京に居て働いていたらしい、Uターンして店を始めたのか?沖縄の人は外出ても、必ずもどってくるらしい。なんとなくわかる。
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夜も更けて、自分も老けて参りました。ホテルに戻り爆睡🏨。
明日帰還し、その足でリバーに。年初5日は川上俊彦マンスリーセッションから、、、
また1年、頑張らなくてはならない。
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幻の名作、「オキナワの少年」東峰夫作
芥川賞受賞作