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今、リバーサイドで一番ライブをしたい人・・・・

今年の4月からリバーサイドのマスターになって10年目に突入する・・・。思えば長く続いたものだ、52歳で、店を引き継いでから、まあ60歳ぐらいまでやれればいいかなあと正直思っていたが、ここまで来てしまった。その間、いろんなミュージシャンやジャズの好きな人々との出会いは、なにごとにも変えられない自分の財産になり、苦しい時の支えになってきた。札幌のスージー黒岩、そしてその周りの人々、またリバーを引き継いだ頃、かわいがってもらった今はなき、さとう羊一先輩、またさとう先輩が紹介してくれた、渡辺文男や高橋知己、吉田圭一、小山彰太、江藤良人、スガダイローなどリバーを愛してくれるミュージシャンがたくさんいてくれる、それで十分である。最近では大阪のミュージシャンを多くリバーに招聘していただく中井さんや、久留米の江越先輩、久保さん、ビリケンさんなどのジャズユニオンの人々、そしてリバーサイドを常連としてくれる地元のミュージシャンや、なにかと応援してくれるアマチュアの人々、そしてバイトの人たちに感謝しなくてはならい。時々、周りから、リバーサイドは狭く、汚いという声をすることがある・・・、しかしこういう人種、ミュージシャンには別にうちに店に来ていただかなくてもいいのである。店には店の空気がある。いまは昔と違いあらゆるライブハウスができ、レストラン風のしゃれた店がたくさんライブをしている。そういう店と一緒にしないでもらいたいのである。「飯を食う暇あったらちゃんと音楽を聞け」という主張はいまでも変わらない。最近あまりリバーでライブしてないギタリストが久しぶりにぶらっと店に来た。「ジャズギタリストがジャズの店で演奏しないでどうする?」と言ってあげた。プロのミュージシャンも生活が大変なのはわかる、なにも福岡だけではない。でもレッスンにあけくれ、パーティなどの演奏ばかりしていても駄目なのである。するなとは言わないが創造性のあるジャズをやらないで、いったいなんの音楽か??たとえ結果客はすくなくても、渾身の魂を込めたライブしてもらいたいのである。東京行った時、必ず行く店が新宿のピットイン、横浜のエアージン、荻窪のアケタの店などリバーが模範とする店である。客が2,3人しかいない時も必至で演奏していることが多いが、なんかその空気が好きなのである。去年残念ながら行けなかったので、今年の年末は必ずピットインの年末セッションに行こうと思う。そこでは70年代の匂いがする。過ぎ去ったあの頃のエネルギー、汗を感じるのである。今の日本は未曽有の危機だと自分なりに思っている。お粗末な政治と低迷する経済。1年で3万人超える自殺者。復興が遅れる東北地方、・・・。時々、リバーに土地柄、韓国や中国の人々が来ることが多いが、よくしゃべる、声を出す、歌う・・ほんと元気がある。一方、日本人はほんとおとなしい、楽しいのか?退屈なのか?わからない。ライブを聴いてる姿を見ても首をかしげる。韓流ドラマ、映画、K-ポップが流行るのがなんかわかる気がする。これでは日本はしぼむ。お客に時々、音楽に囲まれた生活うらやしいねと言われることがある。特に50代後半のリタイアまじかのサラリーマンに、よく会社やめて店やりたいという相談を受ける・・大体ジャズのLPレコードたくさん保有し、オーディオに詳しい人が多い。即座に「やめたほうがいい」といってあげる。すくなくとも会社に行けばぐちをいい酒を飲む仲間がいるのである。ジャズは仕事の合間に聞くからいいのです。そしてありがたい事に決まった日にお金が振り込んでくるのである。ジャズの店のマスターなんぞたいして儲うからないし、孤独なのである。私など毎日ジャズを店で聞くと逆にあまり、家とかではジャズをたまにしか聴かない。むしろ、クラッシックやロックやブルースなどのジャズ以外を聴くのである。


今、自分が好きでよく聞くミュージシャンは新井英一という福岡出身で在日のシンガーソングライターである。昔、亡き筑紫哲也が自身のテレビ番組で紹介していたから知っている人もいるでしょう。一番有名なのは「清河(チョンハー)への道」という亡き父の故郷、韓国清河(チョンハー)を訪ねる一大叙事詩的な歌である。この曲はテレビでも紹介され、五木寛之や内田裕也、黒田征太郎、宇崎竜堂など著名人が応援している。彼の魂のこもった歌に感動を覚える。在日として苦労した新井英一の半生を語る、歌詞が48番まであり45分近くも歌う。そして苦労して差別と戦った母親との思い出、顔もしらない亡き父親を韓国清河まで、ひとり旅するひとりの男の物語である。そして、歌手になるまで、NYや東京への長い旅がはじまる。実はかれの歌「ブルースを歌おう」という曲を私自身も歌うことがある。どういうわけか、いま、リバーサイドで身銭に切ってでもやりたい歌手はジャズ歌手ではいないのである。情念の世界を、さられけ出す歌い手はそうはいない。新井英一はそのひとりである。そして、いつかはリバーで生でこの「清河への道」を聴いてみたいと思う・・・・。自分もいつかは歌ってみたいのだが・・・。彼がシャンソンの石井好子と歌っている「人の気も知らないで」も感動する。ユーチュブで聞けます。
ちなみに彼と私は同じ年なのであります。

愛すべき、ギャンブル好き作家の面々・・

およそ、作家と名がつく人は、ギャンブルをこよなく愛する人が多い。ギャンブル好きの作家では、古くは明治の文豪、菊池寛がいる。かれは、競馬への造詣が深く、「日本競馬読本」なる生々しいタイトルの本まで、書いている。また、麻雀も好きで、日本麻雀連盟の初代総裁まで、歴任しているのだ。それぐらいギャンブルが好きだったのだ。JRAのHPに、「我が馬券哲学」という彼のコラムがある。「馬券は尚お禅機の如し、容易に悟りがたし、ただ大損せざるを似て念とすべし。」競馬は、難しいので、大損しないようにと忠告しているのが面白い。

麻雀と言えば、雀聖と呼ばれた阿佐田哲也だろう!「麻雀放浪記」は麻雀小説の金字塔でしょう。映画もよかった。どさケンの生き様に身震いした。競輪にも造詣深く、阿佐田哲也杯まで、あるのだから驚く。彼は言う、ギャンブルは、9勝6敗でいけ!と。8勝7敗で寂しいし、10勝は無理があると。負け方を知っている。特に麻雀は、降りることを知らなくてはならない。ウンチクのある言葉だ。この阿佐田哲也は色川武大という名前で、純文学も書く、「離婚」という小説で、直木賞をもらっている。

そしてかれの弟子的存在が、伊集院静である。「いねむり先生」という自伝小説で阿佐田哲也との交流を書いている。かれは、競輪をこよなく愛する、また、麻雀においてもその名を轟かせている。漫画家の、西原理恵子なども麻雀仲間である。彼は言う、「ギャンブルはとの出会いは冬の山中で雪女の姿を見るようなもの」と。なかなかいい表現である。見えそうで見えない闇の中をなにかを求めえ動きまわるようである。
競馬の世界ではなんといっても私の大好きな山口瞳、と寺山修司。このふたりは競馬に関する素晴らしいエッセイや、小説を書いている。「草競馬流浪記」は山口瞳の名著だろう。また、寺山修司の「馬敗れて草原あり」「競馬場で会おう」は何度読んでも面白い。市井の人々の、競馬への愛情が、きめ細かく描かれている。
また、最後の無頼派小説家と言えば、白川道であろう!「天国への階段」は泣けてくる小説である。大体このての作家は、原稿料前借りしてはギャンブルにつぎ込み、また書き、また前借りする。若い頃、怪しい投資会社を経営していたこともあり、塀の中で暮らしやこともある、筋がね入りである。この人も競輪なのである。私は競輪はやらないが、競輪こそギャンブルの王道と阿佐田哲也も、言っていた。人間の肉体の極限を競う競輪には、ボートや、競馬、オートとは異質なのかもしれない。高倉健が主演した、中国との合作映画「単騎千里を走る」が彼の原作であることは余り知られていない。
また「平成の泣かせ屋」こと浅田次郎もギャンブル好きで有名である。彼の場合は、競馬である。競馬で食っていた時期もあるという、「競馬どんぶり」などのエッセイで、馬券哲学を披露している。小説家としてはデビューが遅いがその割りには、創作活動は凄いのである。若い頃、自衛隊、企業舎弟、アパレル経営者などあらゆる職業を経験して来ている。いわゆる苦労人、だから、人を泣かせる壺を心得ている。「天国まで百マイル」「鉄道員」や「壬生義士伝」などが大好きである。

まだまだ、こうしたギャンブル好きの作家は、他にたくさんいる、吉行淳之介は、麻雀とパチンコ、柴田錬三郎のカード、五味康祐の麻雀、などなど、かれらは、キャンブルの中に、人間の悲哀や、生き様を、見て来たのでしよう、作品にその熱い思いや情熱を感じるのである。ギャンブルなんて、やる人間にはろくな人間はいないと言われる。そうかもしれない。しかし、貧乏人ほどなけなしの金を握りしめ、ギャンブルをし、一時の夢を見る。金持ちは株とか、投資で、大金を動かし幕大な金を儲ける。それができない人々はわずかばかりのお金で、せっせと、大穴を狙うこの世の中。山田洋次監督の映画「学校1」で、病に犯された、身寄りのない日雇い労働者がでてくるが、(田中邦衛が好演)この人の唯一の楽しみが、競馬であった。有馬記念でのオグリキャップのラストランを、声を振り絞りながら、懸命に応援する姿に涙する。ギャンブルは果てしない欲望のまま、享楽を得ようともがく行為である、しかし、享楽を得るのは至難の業である。しかし、人は果てしなくギャンブルをする。

恋愛、結婚,就職・・・人生そのものがある種のギャンブルなのかもしれない。

今年もいろいろなことがあった・・・

今年もいろいろなことがあった、なんといっても3月11日におきた東北関東大地震です。未曾有の大惨事となり、多くの犠牲者を出しました。また原発事故は、私達にいろんな事を教え、科学の安全神話に対する認識を根底から考え直させた。そして、電力企業と自治体、そして、国との暗部を国民にさらけだしたのである。この間の政府の危機管理お粗末さ、この国の新聞、テレビ、マスコミの被災状況報道、原発報道などへの疑問。日本という国が、なんと脆弱で、危ういかを露呈してしまった。救いは、被災地の人々の辛抱強い生き様、そして多くのボランティア活動、募金活動でした。必ずや復興するものと信じる。しかし、この国の政治はほんとひどい。昨年、長きの自民党政権から民主党政権に交代し、首相に鳩山が就任、いやがうえにも国民は希望を抱いたが,自身の金の問題、沖縄問題で行き詰まり、退任。そのあと菅に変わったが、これも震災対応のまずさ、参議院選挙の敗退などでまたも退任。そのあと「どじょう」野田が総理になった。しかし相変わらず党内をまとめきれず、またまた離党者が出てきた。消費税アップ、TPPに反対する議員だ。しかし、裏で、小沢一郎の影がちらつく。兎に角、民主党にはほとほと失望する。子供手当の廃止、高速道路無料化の骨抜き、八場ダム建設凍結解除、などマニュフェスト公約が、破られている。そして、沖縄普天間基地問題。あいもかわらない内紛。小沢一郎の存在がいまだに、民主党の火種。もう、党割れた方がいいと思うが。また、大阪の橋下市長の動きが台風の目。大阪維新の会が、国政進出してくるだろう。各党が、なんとか味方につけようと虎視眈々。しかし、情けない話である。国の遅々と進まない行政改革しりめに大阪は、公務員改革に邁進している。かなり手荒く、非難も強いが、橋下ぐらいの個性と手腕がなくては改革は出来ない。調整型の野田総理ではおそらく無理だろう。国政の停滞は、この国の国力を次第に弱め、経済の停滞をもたらしている。国会議員政治家のおそまつさの半面、官僚のしたたかさがだけが目立つ。特に財務省主導の国家運営が相変わらずである。素人のような若い財務大臣では、抑えられないし、いいなりである。消費税のアップも野田が大臣の時、洗脳されたもの。菅もそうだった、予算編成を政治主導でやるといいながら、結局は、財務省のシナリオである。事業仕分けにしても、いま思えば単なるショーでしかなかった。民主党の政治家は、生徒会の学級委員の程度しかの能力しかない。アマチュアリズム、言葉が軽いし、迫力がない。松下政経塾なる出身者が中枢部に沢山いるが、もともと、とっちゃん坊やみたいに人ばかりで迫力がない。だから、小沢一郎の一言一動に怯える。小沢一郎を超える政治家が、民主党にもいないし、野党にももちろんいない。野田も、早晩小沢に潰されるだろう。消費税アップに反対なのだから、いずれ衝突する。だか、裁判で小沢が有罪になれば流れは一気に変わる。無罪ならば、来年の代表選挙に打って出るか、その前に分裂して新党か。一度小沢に総理やらせればいい。橋下あたりと組めば案外おもしろいかも。兎に角、橋下が主張する、既得権益との戦いこれにつきる!原発問題も八馬ダム問題もこの、古い権益を守ろうとする、政治家、官僚役人、企業との果てしない戦いである。来年は、橋下新大阪市長の動向がキーである。その他、策士、亀ちゃんこと、亀井静香があの、都知事石原慎太郎を担ぎ新党の旗揚げを画策している。橋下の大阪維新の会の動きなと、来年は政界再編必至!いや、そうでないとこの国は持たない。また、鈴木宗男の新党結成などこのところ動きが激しい。1月1日基準で、政党助成金がもらえるとあってか、拙速に新党結成するのである、胡坐とらしくミエミエである。またいま、外交がとくにお粗末。中国、北朝鮮への対応、TPP,普天間問題、などなど。国家の矜恃がまったくいまの政府に感じられない。そう思うと政治などに期待せず、ひとり、ひとりが、この厳しい状況に立ち向かわなくてはならないかもしれない。「カイジ」という福本伸行原作の漫画がある。たかが漫画とばかにしては、いけない、この漫画には、いまの世相がよく描かれている。「所詮この世は、奪うものと奪われるもので成り立つ」と言う。まあマルクスの資本論でもないが、やはり、漫画家の青木雄二も、同じ事を言っていた。奪われるものは、いつも騙されるのである、国家や企業やマスコミに。大多数の人々は巧妙に合法的に搾取されている。富の配分がきわめてアンバランスである。アメリカは5%の富裕層が富の9割を保有するいびつな国、日本もそうなりつつある。まともに暮らしていけない所得の人が増えている。そして不安定な雇用。結婚して、子供を産んで普通の家庭を持つという人生を送れる人が周りに何人いるか?本屋に行くと、店頭に、平清盛、山本五十六の本がずらり、まさに大衆は躍らされ、右向けば、皆な右向く!いまの世になんで、山本五十六なんだ、平清盛なんだ!思わざるを得ない。山本五十六などそれほど歴史上、たいした人物ではない。平和主義者などではない。日本海軍があたかも戦争をいやいややむを得づ始めたような歴史認識が怖い。平清盛?いったい何回、大河ドラマでとりあげるのか?あきれる。今大事なのは個々の独自性、権利を持ち間違ったものへの反抗、この気持ちがないと生きている価値はない。
     

今年、多くの著名人や芸能人が、亡くなった。アップルのジョブスや、最近で
は、金正日総書記。でも個人的には、原田芳雄、ジョー山中、柳ジョージなんかが特に悲しい。「横浜ホンキートンクブルース」を歌う原田芳雄が大好きである。立川談志、坂上二郎、杉浦直樹、竹脇無我も亡くなった。つい最近、脚本家の市川森一、映画監督の森田芳光も。また、最近ジャズミュージシャンの訃報や、病気などの情報もよく入る。ベースの是安則克もそのひとり、毎年、早稲田学卒バンドで、リバーにきてくれていた。残念である。ドラムのセシルモンローも事故で亡くなった。リバーでライブのあと、もつ鍋を一緒に食べた思い出がある。美味しそうに食べていた。小生も、死というものをどうしても、意識せざるを得ない年代になった。でも、人間、いつかは朽ち果てる。一日一日、精一杯生きて行くしかないがいずれにしても健康だけは注意しなくてはならない。来年も元気に怒り、叫び、笑い、涙して生きていこう

いま、ノンフィクションがおもしろい!

最近、余り、面白い小説に出会わない!こころをワクワクさせる小説がすくない。本屋に、毎日のように立ち寄り、新刊をチェックするが、これと言って読みたい本がない、伊坂幸太郎も、東野圭吾、海堂尊も、吉田修一もちと飽きてきた。いま、中上健次の文庫が、再販されている。また「軽蔑」が映画化され、今度はあの若松孝二が監督して、あの「千年の愉楽」が寺島しのぶ主演で、クランクイン楽しみ。ということで、小説はしばらく中上健次の本だけ読んでみようと思う。小説に比べ、ノンフィクションに面白い本が、たくさんある。「グリコ森永事件」の著者一橋文哉の「未解決~封印された5つの捜査報告」がそのひとつ、いや実におもしろいのである。解決したように見える事件や、いまだ犯人が捕まらない事件を実に良く調べ、なるほどと思わせる。ライブドアの役員が沖縄で怪死した事件や豊田商事事件の真相や、住友銀行名古屋支店長射殺事件、八王子スーパー強盗殺人事件、など。とくに、酒鬼薔薇事件の深層を描いた章は、グイグイと読者を引き込む!かなり、ヤバイとこまで取材している。まさに命がけという感じ。闇社会への取材、それは想像絶する。芸能人達のゴシップ追っかけるのと次元が違う!こうした、どこの出版社にも所属せず、フリーのノンフィクション作家は、結構いる。佐野慎一もその一人、彼の「東電OL殺人事件」が秀作である。ネパール人が犯人で捕まったが、控訴がとおり、再審が最近決定したばかり。この本、5年前読んだ。真犯人は他にいることを著者は匂わせている。これも凄い本だった。まさに、裁判所、警察を動かしたのである。自分も東京にいた頃の事件で、事件現場あの渋谷、道玄坂界隈は、リァルに甦る。昼間は、東電のキャリアウーマンでありながら、夜毎、売春していたK大卒業のキャリアウーマンの複雑な心理まで、掘り下げて書いている。殺される直前、お客となった、ネパール人が犯人として捕まるも、その直後もだれかが、彼女と接触したことを推理している。まさに、渾身のルポである。是非、読んでください。

また、鎌田慧の「日本の原発危険地帯」もいい本である。現在57基ある原発、そして10基が計画されている。福島での事故も全国どこでも起こりうるとこの本は警告している。原発誘致の裏面を見事に調査している。巧妙な電力会社の地元工作、政府、自治体と官民あげての誘致。地元住民へのばらまき、懐柔策、金と欲が渦巻き地元住民の感情を洗脳し興廃させていく。かれは言う「原発各地をまわった、わたしの結論とは原発は民主主義の対極に存在するということ」と。彼はかってルポルタージュの名作といわれている「自動車絶望工場」を書いた。実際、季節工として、トヨタに入り、過酷な自動車生産ラインを経験し、また工場内の思想統制や生活の実態を克明にルポしている。どこにも所属せず、フリーでこうしたルポするドキュメンタリー作家こそが、権力の横暴、腐敗を告発していくのである。TVなどでろくに取材しないでべらべらしゃべるコメンテーター、タレントや評論家どもよこうしたドキュメンタリー作家の爪の垢でも煎じて飲めといいたい。

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いま、若手のフリージャズピアニストが面白い

この11月、リバーサイドできしくも、今評判の日本の若手フリージャズピア二ストふたりのライブをする機会があり、そのときに感じたことを書いてみることにした。ひとりはスガ・ダイロー、もうひとりは石田幹雄である。小生、ジャズを大学時代から聞きはじめ、もかれこれ40年以上もなる。ジャズピアノは当初はそれほど好きではなく、サックスのほうが好きでソニーロリンズに傾倒していた。ロリンズは初期のころはピアノをいれたコンボの演奏が結構あり、初めて買ったLP名作「サクソンフォン・コロッサス」でのトミー・フラナガンの演奏を聴き、ピアノもいいなあと感じていたぐらいであった。その後、福岡のジャズ喫茶「コンボ」「ケリー」そして「リバーサイド」に通うようになり、マイルス、コルトレーンなどを聴き始め、ジャズピアノの巨匠に出会うことになる。バッド・パウエル、オスカーピーターソン、ウィントンケリー、ビル・エヴァンス、などなど。しかし、この中で異色なのが、セロニアス・モンクであった。決してモンクはフリーではないが異色なのである。最初はなんて下手糞なピアノだという印象、流暢に流れる他のピアニストとは違い、もたもたしたリズム感、不快な音の連続。しかし、当時のジャズ喫茶とくにリバーサイドの雰囲気にぴったりのピアニストなのである。穴倉のような暗い、汚い店?にぴったりのピアノなのである。大学時代、慣れないたばこを吸い、珈琲を飲みながら、世の中を斜めに構え、すね、不良をきどった懐かしい時代である。外では学生運動華やかし、70年代である。直木賞作家のあの原寮も九大時代、このリバーサイドに何時間もねばり、黙々と??モンクを聞いていたひとりらしい。また、村上龍も佐世保北高時代、リバーサイドに立ち寄ったことを小説「69」に書いている。同じ時代である。

話はもどるが、スガ・ダイロー、そして石田幹雄の若いふたりのピアニストのライブで、このモンクの匂いを肌で感じたのである。以前やはりうちで何回かライブしたスズキ・シュンスケにもそれを感じていた。70年代を全く知らない、彼らの演奏から、其のころを思い出すという不思議な体験である。今でも、ジャズピアノの主流はやはりバッド・パゥエルの流れをくむ多くのバップピアニスト、ビル・エヴァンスから派生したキースジャレット、ハービーハンコックなどのピアニストに代表される。しかし、正直、この手のピアニストには少し飽きてしまったのである。展開が読めるのである。競馬でいえば、本命ばかりが1着にくるようなつまらなさというか、たとえは悪いが。流麗できれいなタッチ、湧き出るフレーズの波、つぼを得たプレイ・・・・拍手・・・ああもういい。昔、セシル・テイラーにはまった、そして山下洋輔にも。あのころの激しさ!!世のおじさんたちよ、きれいなナオンを誘ってゴージャスな店で華麗なピアノを聴くのもいいが、たまには、金はなかったが、とげとげしく、挑戦的であったあの頃を思い出してほしい。スガ・ダイロー、石田幹雄のライブには若い人が多いが、残念でもある。スガ・ダイローと打ち上げでもつ鍋食いながらいろいろ話した。おもしろかったなあ。「発展性のないやつとはやらない」とかライブと途中、ピアノ弾かず帰ってしまって「弾かないのも、フリージャズだ!!」と言ったとか。やつの外見がだれかに似ているなあ思ったら、あの坂本竜馬。ブーツも竜馬とおなじデザインのものを長崎で買ったらしい。やたら、歴史の話が好きで盛り上がったね。最後うちでジャッキー・バイアードのLPをききながらすげーという勉強家である。「中洲ジャズナイト」に是非出演させてと言って去って行ったよ。おもろいやつだ。

もうひとりの石田幹雄も変わったやつ。北大のジャズ研出身の彼、妙に礼儀ただしい、リハの前、ひとりで早めに来てピアノ弾く、しかしジャズでなくクラシックのショパン?かリスト?少しクラシックピアニストの話をする。小生がグレングールドが好きだというと食いついてきたね。こういう男はただものではないね。そして、この石田幹雄を東京に引っ張り出したドラマーの小山彰太の話がおもしろい。小山彰太はスガ・ダイロー、スズキ・シュンスケとも共演している。「若い才能のあるやつと共演するには、フリージャズみんなそうだが、合わせようと変に音聞かないほうがいい、自分が自分のやりたいよう叩くことだと。」うーん、感心したね。フリージャズの緊張感はそこからくるのだ。あの山下洋輔と激突した男の言葉。今の世の中、妙に若い人、調和するのがうまいというか群れをなし、同化する。ジャズも調和しすぎるからつまらない、リハに時間かけるから本番がつまらない。激しくぶつかり、汗とびちる・・・フリージャズにはそれがある。また、ロックやクラシックなどとの交流が盛んに行われれている。大手のレコード会社がスガ・ダイローなどに注目してきている。若いプロヂューサーなどがかれらの若い才能を見逃すわけがない。ジャズの世界もかわりつつあるのがわかる。

ついこの間、別れた小山彰太からメールが来た「来年、3月 ピアノの原田依幸とライブしたいけどいい?」と。ベテラン、原田依幸、この人のピアノも半端じゃない!!あの伝説のバンド「生活向上委員会」のピアニストである!!うちのオンボロピアノ、ぶっ壊れるまでやるしかない!!かって山下洋輔がピアノを実際燃やしながら消防服で弾いたあの映像を思い出す。ベテランもどっこいがんばっているのである