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私小説が面白い〜西村賢太の世界

私小説が面白い〜西村賢太の世界
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私小説!この言葉から思い浮かぶのが、暗い、チマチマした話、四畳半、とかく、ネガティブなイメージが先行する。私小説の定義なるもの、ちょっと調べてみた、

ウィキペディアから、抜粋

私小説(ししょうせつ、わたくししょうせつ)は、日本の近代小説に見られた、作者が直接に経験したことがらを素材にして書かれた小説をさす用語である。心境小説と呼ぶこともあるものの、私小説と心境小説は区別されることがある。日本における自然主義文学は、私小説として展開された。
1907年(明治40年)の田山花袋「蒲団」を私小説の始まりとする説が有力であるが、平野謙は、1913年(大正2年)の近松秋江「疑惑」と木村荘太「牽引」を、私小説が確立した時期だとする[1]。これらが多く自己暴露的性質を持っていたのに対し、志賀直哉の『和解』のような作風を「心境小説」と呼ぶ。客観描写ではなく、対象を見た著者の内面を描く事を主眼とした。

文学史的には、絵空事のストーリーを楽しむロマン主義を否定する形で生じたリアリズム(写実主義)の極北に相当する。あらゆる空想的要素・虚構的要素を排して、実際にあった事実を示すことで、「真実を描く」という芸術の目的を達成しようとした。結果的に、ひたすら作者の実体験に範囲を限定して、身辺や自分自身のことを語ることが多い。描写も、客観描写よりも内面描写を中心とすることが多い。

その名称から、「私」と一人称で語られるものとする誤解があるが、三人称のものも多い。私小説の「私(ワタクシ)」とは「公(オオヤケ)」の対語、つまり「プライベートなこと」と解することもできる。小説においては作者と作品の主人公は同一視出来ないとするのが一般的だが、私小説の解釈では主人公がしばしば作者本人と同一視され、作者の年譜との比較検証がされる事もある。破滅型私小説として、花袋、秋江に続いて、葛西善蔵、嘉村礒多、初期の太宰治、また調和型私小説としては、志賀の弟子筋の瀧井孝作、尾崎一雄、藤枝静男、網野菊などが挙げられる。

私小説は、リアリズムが根幹にあることがわかる、真実を元に描かれるのだから、自ずと作家自身の身の回りの出来事、心象が中心になる。
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自分はどちらかというと、太宰治や、葛西善蔵などの破滅型私小説が好きである。後々の作家としては、一時はまった車谷正吉という作家がいる。この人の作風は、ちょっと今までの作家とは違う、、なかなか表現難しいが、谷崎潤一郎、、ごとくというか。最初読んだのが『鹽壺の匙』その後、直木賞もらった「赤目四十八瀧心中未遂』を読み、フアンに。映画化もされ、寺島しのぶの出世作となる。監督は、長崎生まれで博多育ちの荒戸源次郎、九州大学建築学科卒という異色の人、鈴木清順の「チゴイネルワイゼン」「陽炎座」などをプロデュース。この「赤目四十八瀧心中未遂」は自身が大阪時代住み込みで焼き鳥屋にいた頃の話がモチーフに、私小説というより、長編小説、実に面白かった。最近はそれ以後あんまり読まなくなった、、というより、結婚して作風が変わったからかも。のめりこのも早いが飽きるのも早い。しかし、太宰治だけは、いまも時折読む、やはり彼は別格である。檀一雄も好きであるが、やはり太宰治こそ、私小説の雄だろう。葛西善蔵も、破滅型、いわゆるデカダンスの代表。しかし、最近になって、西村賢太という私小説家がわたしを虜にしている、ほぼ全作読んできている。そして彼が尊敬している、使用初期の私小説家、藤澤卓造も、彼の本で知った。富山のかれの墓から、自分の部屋には戒名、諸々持ち帰るほどの異常さ。そして、中学卒業して、日雇いをしながら、風俗通いの日々、まさに酒とバラの日々なのである。

「苦役列車」で、芥川賞を貰い、一躍有名に。実はその前にかれの「暗渠の宿」を読んでいた。

その時、あまりの凄さ面白さに、名前を覚えていた。その後の受賞に驚嘆。選考委員会で、あの石原慎太郎が絶賛したのがなんとも奇妙。

まさに、私小説の権化、いつもでてくるのは本人(かんた)そして、同棲する女とのチマチマしたやりとり、喧嘩、恋愛と呼ぶにはあまりに泥々した生活、全く美しさそこにはない。インテリジェンスの匂いは全くない。しかし、読めば読むほど思い当たる事の連続、そして男というものの業が、これでもかこれでもかとたたみかける。しかし、底知れぬユーモアに満ち溢れている。決して絶望感はない、太宰治なんかと違い、生、そして性への欲求が果てしない。だから、また買って読む。「小銭をかずえて」そして、デビュー作「けがれなき酒のへど」「どうせ死ぬ身のひと踊り」など、エッセイ「どうしても小説にすがりたい夜がある」など特にいい。かれが尊敬する作家が、田中英光、藤澤卓造、そして意外にも大藪春彦。中卒でありながらも、文学を志す気概、あの中上健次を彷彿させるが、それほど、難解な純文学でもないのである。しかし、女性の読者はどうだろうか?少ないのでは、時折、どんな人が、読んでるのだろうかと想像する。風態もとても女にモテそうな感じではない(失礼)時折、テレビにも出るが、放送禁止用語連発していた。でも好きである。私小説もバカにしたものではない。フィクション駆使し、物語を作ってもそれは所詮、作りば話なのである。「事実は小説よりも奇なり」である、お暇な方は是非読んでください。
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カイジとアカギ 〜福本伸行の世界

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カイジとアカギ 〜福本伸行の世界

漫画、正確には劇画というか、この歳になり、また夢中になるとは、夢夢思わなかった。
子供の頃、家の近くに貸本屋があり、よく借りて読んだ、あの頃読んだのが、ゴルゴ13で有名なさいとうたかおの「台風五郎」という探偵もの、や手塚治虫の「鉄腕アトム」また、「鉄人28号」「赤胴鈴之助」などであった。
少年クラブなどの雑誌も夢中に読んだ記憶がある。しかし、高校生ぐらいになると、受験勉強もあり、漫画から遠ざかった。大学に入り、劇画と遭遇し、辰巳ヨシヒロ、つげ義春、などいわゆるガロという雑誌によくで出ていた人達と出会う、独特の作風、ストーリーに魅せられた。あの頃、貧乏学生の自分に、つげ義春の絵が、心に沁みた。時は学生運動華やかし頃、
自分の心情風景がまさに、彼の絵に現れていた。かれの中で一番好きなのが「ゲンセンカン主人」。
ウィキペディアより、概要
前世や因果、輪廻など仏教的なモチーフを前面に押し出した、一種の恐怖漫画であり幻想漫画でもあり全体にほの暗い色調に貫かれている。また、極めて日本的な物語を描きながら、つげがかつて愛読したエドガー・アラン・ポオの影響をもうかがわせる不思議な味わいを持っている。本作の主人公は、つげ義春の自画像に近いリアルな劇画風キャラクターとして描かれるが、主人公のキャラクターはコマによって左右非対称になったり、表情が変わったりと目まぐるしい変化を見せる。しかし、その変化はかえってこの作品のテーマである自己否定の不安感を際立たせる結果となった。
これはもう漫画というより、純文学である。
「ネジ式」「紅い花」などもいい。そしてかれが書いた旅行記「貧困旅行記」が好きである。各地の湯治場にひとりで行き、旅する。
また、弟のつげ忠男も、好きである、似た作風では、あるが、よりシリアスな感じがある。
辰巳ヨシヒロ、水木しげるも結構読んだ。
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社会人になっても、ちょくちょくこうした漫画を読んでいたが、、、年をとるにつれだんだん読まなくなった、そこで出会ったのが福本伸行である。最初は中条きよし主演のドラマ「銀と金」を見てから、彼の存在を知る。それから、勿論漫画の「銀と金」を見る👁そのストーリーの面白さに、惹かれた。それから彼の大ヒット作、カイジとの出会いである。いやとにかく面白い、アニメでも見たが、ストーリーの奇抜さ、ギャンブル漫画といえば、それだけかと思うが、いやいやどうして^_^、現代の世相、格差社会を面白く可笑しく、表現し、衝撃的ですらある。借金まみれの主人公カイジ、今そこにいるような若者が、泥沼から這い上がろうと、悪戦苦闘する、そして、周りの登場人物が個性溢い、利根川幸雄、そしてその親分 兵藤、など彼らの吐くセリフ、名言がまた面白い。

「金は命より重い・・・」
「恥を知れっ・・・・!
悪党なら最後まで悪党でいろよっ・・・・」

「目先を追うなっ・・・・・・・!
いい加減気がつけっ・・・・・・・・!
耐えることなくして
勝利はないんだっ・・・・!」

この名言をまとめた本まで出てる。何かが起こる前兆に「ざわざわ、ざわざわ」という文字が出現し、カイジの戦いがはじまる、

そしてカイジと双璧をなすのが、麻雀漫画「アカギ」である。麻雀といえば、やはり、阿佐田哲也の「麻雀放浪記」だろう。映画にもなり、
映画賞、総なめにした。監督はイラストレーターの和田誠、モノクロで、終戦後の混乱期の雰囲気がよく出ている。鹿賀丈史演じる、どさ健が、特に凄く印象に残っている。素晴らしい映画である。

そして、アカギ、闇に現れた天才少年、アカギ、、、という触れ込みで登場する。
負け続け借金まみれの南郷という男の代打ちし、取り戻す。その打ち方は天才、実際には、ほぼ不可能は展開から、逆転する、スリルはなんとも面白い。ヤクザとの抗争になかで、代打ちし、まみいる伝説の雀士を、蹴散らす。
痛快である、しかし、カイジもアカギも基本的にはアウトロー漫画、暗いのである。でも、どこかこの荒廃とした現代の世相を良く表している。カイジは、ウダツの上がらない借金まみれの若者が、大金を掴むため、金持ち悪党どもの仕掛けたゲームに挑戦していく話。一方アカギは、死を恐れないニヒルな笑み、感情さえもない、天才雀士、アカギの生き方を書いている。
カイジは金との戦い、アカギは命との戦い、どちらも切なく、胸にくる。
YouTubeで、どちらもアニメが全編観れる。

格差社会がここまでくると、真面目に働いても、人生見えてくる、一発逆転を夢見る人間は、つかのまの夢を見るため、ギャンブルに嵌まる、、そして破滅。
パチンコ、競馬、競艇、競輪、オート、、こんなに国中、一応合法的には認められたギャンブルがある国も珍しい。あの韓国ですら、一時パチンコが流行りそうになり、すぐ国は全廃した。しかし、日本はどうだ、カジノまで作ろうとしている。高い寺銭とり、国、地方、そして民間業者、入り乱れ、庶民からむしり盗る。
それでも、人はギャンブルをする。

そこには、遣る瀬無い現実の逃避と、つかのまの夢を追い続ける、人間の本性がある。

ざわざわ ざわざわ ざわざわ

生きてる証なのかもしれない。

ユリイカという、有名な文芸誌に特集されました。
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沖縄ぶらり旅 ラスト

沖縄ぶらり旅 ラスト

3日目は、宿屋はコザ(沖縄市)にしていた。
那覇以外に泊まるのは初めて。コザも嘉手納基地に近く、米兵が多く居住していることで有名な街。街の中を歩くと、やたら英語の看板の店が多い、そして、コザといえば沖縄ロックである。かって「紫」「コンフイデンショングリーン」などの個性的はロックバンドが生まれた土地。なんだか、アメリカの南部の街に来たみたいな錯覚になる。今日の宿屋も、サンライズホテルといって🏨いかにもアメリカナイズされたホテル、昔、米兵の将校などが泊まったホテルらしい。まず、部屋が広く、ベッドもダブル、調度品もなかなか風格がある。これで朝食付きで6000円ぐらいと安い。1階には、steakレストランがある。また、泊まりたくなる。那覇のホテルが狭く、ゆっくりできなかったから、着いてすぐ、風呂に入り、しばし仮眠。^_^それから街に、いきなり交差点で、ごつい男達のポスターが、伝説のバンド「紫」.ジョージ紫ではないか、コザはやはり、ロックの街、しかし、正月なのか人通りが少ない、、有名なライブハウス「JET」に行ったが休み、、アベニュー通りに行くと、何軒か怪しいバーなどがあるが、兎に角人が少ない、米兵の姿もない、そういえば最近の不祥事で、外出禁止令が出てるのかな?禁酒なのかもしれない。腹ごしらえに、商店街に屋台風の居酒屋、ここだけは結構賑わっていた。ビール瓶の箱を積み上げたテーブルに座る、1000円払うと2杯酒が飲め、お通しが付いてる、アイドルのカード2枚渡された、酒注文すると、渡す仕組み、驚いたのは棚には日本酒ばかり、沖縄では、本土の日本酒が人気らしい10727291-90A3-4857-A69E-DEE60FD9AEC4590C64C0-922F-4D64-AF4A-3C765E395EA4
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でも国際通りではこんな店なかったなあ、不思議だ。つまみも牛の煮込みが絶品でありました。腹ごしらえして、しばらく散策、それにしても寂しい。一軒、立ち飲みバーで、引っ掛け、ホテルに帰る、ここではさしたる出会いはなく、小説でも読みたくなり、スーパーの上にある、本屋に寄るここで買ったのが伊集院静の「愚者はお前がいなくなって淋しくてたまらない」という本、かれの自伝的小説、ご存知の通り、彼の妻は夏目雅子だった、白血病で、無くした直後の話である。愚者とはもちろん夏目雅子ではない、当時彼は、自暴的になり、酒とギャンブルに明け暮れていた、ギャンブルは競輪である。その時、偶然仲がよくなった友人がエイジという競輪担当のスポーツ記者。全国に旅打ちしながら、エイジとの交流、旅先での、エ出会った人達とのエピソードを記した私小説なかなか面白い。「旅打ち」これは、自分の憧れでもある。それらしき事は時々やる、毎年東京に年末行くが、かならず、競馬をする、その時は競馬はさすが、中央競馬はやってなく、地方競馬である。関西へは、よく菊花賞、宝塚記念など、現地に行ったそのあと京都で、酒を飲んだり、ジャズの店に立ち寄った。関西も楽しい、今年はダービー🏇観戦久々にしたいと思うが、暇が出来るか?伊集院静のらこの気持ちがよく理解できる、最愛の妻を亡くし、ギャンブル、酒に溺れる、原稿料を前借りし、ひたすら旅にでる、エイジという記者も死んでしまうのである。以前、「いねむり先生」という本も読んだ、あの阿佐田哲也との交流を描いた作品である。CA04F5E5-7861-4622-A9ED-FAE5F8421B4D
麻雀放浪記の阿佐田哲也といえば、彼も競輪通である。競輪は人と人との絆、競馬にはない独特の魅力があるらしい。今読んでるこの本にも、阿佐田哲也と伊集院との出会いの場面が書いてある。大人の出会いである。

話をコザに戻そう、コザは嘉手納基地の近くに
ある街、いまは沖縄市と呼ばれている。かって、コザ暴動というのが起きた1970年(昭和45年)12月20日未明、アメリカ施政権下の沖縄のコザ市(現在の沖縄市)で発生したアメリカ軍車両および施設に対する焼き討ち事件である。直接の契機はアメリカ軍人が沖縄人[3]をひいた交通事故だが、背景に米施政下での圧制、人権侵害に対する沖縄人の不満があった。コザ騒動(コザそうどう)、コザ事件(コザじけん)、コザ騒乱(コザそうらん)とも称される。基地と住民との軋轢は、戦後から現代まで
度々問題になる。地位協定の名の下、アメリカの犯罪や事故にたいして治外法権まがいの処置が度々行われる、沖縄の人々を気持ちを、蹂躙し続けている。
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その事に思いをはせながら、通りをずっと歩いた。基地がある限り、地位協定がなくならない限り、また度々起こる。確かに基地に支えられ、多くの人々が、仕事として関与している現実、なくなれば、失業するだろう。しかし、沖縄はもう観光だけで充分いけるので、何処かで変わらないと、未来永劫、米軍基地のある島で戦争に巻き込まれる。万一、近隣で紛争が起こるという沖縄がまた、悲劇を繰り返す。

あくる日コザを後にし、また那覇へ。打って変わって国際通りは沢山の人通り、街角で三線弾いてるおじいちゃんに出くわす、いわゆるストリート、暫し聞き惚れる。この島唄、三線は沖縄音楽のルーツ、胸に響く。夕飯はまた、例の屋台へ、そこでおいちゃんという店のオヤジ、ふたりの現地の女の子とだべりながら、ステーキ、餃子、島らっきょを餌に泡盛をあおる。ジャズの店行くつもりだったが、懐具合も寒くなり、もう食べ、飲むことに投資、動くのも面倒だし、なんだか居心地がいい、若い子のひとり、3人の子持ちと聞いて驚いた、最初の子はおそらく、15.6歳の時か?しかも、これから夜の仕事に出かけるらしい、、肝っ玉母さんやな。まだ、一度も沖縄から出た事ないらしい。
今度、初めて東京に慰安旅行で行くと嬉しそうだった。店のおいちゃんは暫く東京に居て働いていたらしい、Uターンして店を始めたのか?沖縄の人は外出ても、必ずもどってくるらしい。なんとなくわかる。
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夜も更けて、自分も老けて参りました。ホテルに戻り爆睡🏨。
明日帰還し、その足でリバーに。年初5日は川上俊彦マンスリーセッションから、、、
また1年、頑張らなくてはならない。
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幻の名作、「オキナワの少年」東峰夫作
芥川賞受賞作

沖縄ぶらり旅 〜その2

沖縄ぶらり旅 その2

正月は沖縄快晴、温度も19℃あたりで、とても過ごしやすい、2日も、なんともイイ。
ホテルの近くで、朝食済ませ、いざ、普天間基地へ、物好きだなぁ、とつくづく思う。正月によりにもよって米軍基地とは、、、ほんとは普天間〜辺野古へ行きたいところどが、いかんせん車ではないから、大変。レンタカーでも借りようかとも思ったが、運転もう7年近くやってなく、事故でも起こすと大変。ということで、
バスで宜野湾市へ、そこから歩く事に、途中、リバー常連のすぐ前まで、沖縄に赴任されてた、Mさんからフェースブックに情報が、普天間基地みるなら、嘉数台公園の高台がいいと。
調べて、バス停から歩く歩く🚶‍♂️こんなに歩くの久々だ、でも途中の風景をみながらだから、あんまり時間感じない、沖縄国際大学の前を通る。正月でもあり、静か、誰もいない。
やっとたどり着く、急遽な階段をヒーヒーと登ると展望台。確かに一望出来る。遠くにオブスレイが何基が止まっている。ここからの風景はよくテレビで見る。左からには、宜野湾が見える素晴らしい眺めだ。沖縄と基地、この現実、特に普天間は周りは住宅地、何回も墜落事故などが起こるたびに、問題になる。いまこの普天間が辺野古への移転が進められている、が県知事始め、反対は根強い。安保条約の下、沖縄に米軍基地の7割近くがある、そしてここから嘉手納基地の補完基地として、ベトナム戦争に軍用機が飛んで行った歴史がある。普天間周辺は沖縄戦の激戦地だった、
豪がたくさん掘られ、地下に日本軍は構えていた。もう一つ、韓国籍の多くの人が、駆り出され戦争に参加し、多く死んでいるのには、驚いた。また、京都府の人々も沖縄に派遣され、やはり、2500人もの多数戦死してる。記念碑が建てられていた。この普天間基地は、沖縄戦の最中、ここを占領した米軍が急遽、作った基地なのである。しかも、沖縄の人々、援護法(年金)受けるには、戦中、日本兵にどれだけ協力したかが問われたらしい、しかし、日本兵が住民を豪の中から排除し、殺戮した事実も多々あったらしい、 酷い話だ。米軍による、普天間基地建設は、これは、国際法上違反だという意見もある。かつては、泉が湧き出る、さとうきび畑が、並ぶのどかな田園地帯だったらしい。戦争は、土地をも人為的変貌させる、そして今である。77件もの事故が起きており、つい最近も、小学校の庭にヘリの窓扉が落下したのである。移転もしく廃止を考えて当たり前である。世界一危険な基地なのである。
あの民主党政権に、当時の鳩山由紀夫総理が、
県外移転を唐突に、掲げた。辺野古移転進めていた、自民党を驚かせた、沖縄県民も一時期待を寄せた、がである、根まわしも代替地も決めてない、稚拙な公約にボロが出る、そして、挙げ句の果て、海兵隊は抑止力として大事だと宣う始末。友愛もいいが、総理である、情緒的に言っただけなのか?ある意味純粋なのか、この間、辺野古反対派の座り込みの中に、鳩山がいた。驚いた。しかし、今の安倍総理にはこうした面は全くない、昭恵夫人がいつか
この反対派に友人がいるというので、行っていたの見た。驚いたなにも考えないということでは、似た者夫婦。一方、鳩山は本気でそう思っているのかもしれないし、懺悔の行為か?しかし、また、辺野古反対運動している、ひと達を猛烈に非難する輩、ジャーナリスト(百田尚樹、長谷川邦洋など)も沢山いる。短絡的で、いただけない。
「反対派に高額な日当で雇われるている、なかには、韓国、中国籍の人々が沢山参加して扇動している」だのと、余りに想像力がない、基地問題を考えるには、太平洋戦争の沖縄戦から、今までの沖縄の歴史をじっくり勉強していなければならないと常々思う。
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何も、正月から難しい事考えんでもいいとは思うが、性分。二人または、何人かで旅行するとこうはならない。ひとりぶらり旅の良さでもある。今までの経験だと二人(男同士も含め)だと
途中必ずじっくり行かなくてなる、ちよつとした微妙なズレが生まれる、食べ物の事、や些細な事、昔、大喧嘩してそのまま、一人旅行になった事もある。寂しくはないかとよく聞かれる、寂しさを我慢しても、自由の方がはるかにいいのである。これが身につくと、孤独とか寂しさとか感じなくなる、歳のせいもあるかも。それより、旅と途中に知り合い、居酒屋などで、話しする方がいい。好きなところに行き、食べ飲み、疲れたら休む、誰に気兼ねすることもない。だからあんまり細かい計画は立てない、この日、ここら辺りに行くかとか、ある意味フーテンなのである。でもSNSはやりまくるのであるから始末悪い、、。程よい距離感たもつには、SNSだ、いい時代である。今回、何故かあんまり同業者のジャズの店に行く気が起こらない。行けば、挨拶したくなるだろうし、しなくて、黙って聞いて飲む手もあるが、、、仕事を思い出すから。最終日ぐらい行こうかとは思ったているが、、、どうでもいい気分。

今回、ギャンブル旅行、いわゆる旅打ちにはならないと思いきや、ふと宜野湾市にある、パチンコ屋で歩き疲れたので休憩。少しチンジャラ、沖縄は8時45分に開店とは早い❗️席の右には、ごつい髭だらけ現地の人?そして左に皺くちゃなおばあさん、うーん、たまらん。しかも1円、0.5円パチンコ主流、スロットは沖スロと言って通常より、デカイコインを使うスロットばかり、見たことない機種もある。息子にメールして沖スロはどうかと聴く、目押しがいるようだからやめた。
1円海物語沖縄バージョンをする、8連ちゃんするしかし、所詮1円、8000円ぐらいの儲けしかならないが、正月からいい気分。今日の夜は少し贅沢に出来る。何せ貧乏旅行、ありがたい。去年も東京で、元旦から、川崎競馬に行ったなあ。一緒だったいま川崎在住のリバーのマドンナさん、今年も行ったかなあ。これもひとり旅だから出来る事。およそ、寅さん状態、そういえば何作目だったが、沖縄が舞台のシリーズで、寅さんの乗ったバスの窓から、米軍基地の鉄条網がかなり長いショットで映りだされる場面を思い出した。山田洋次の真骨頂である。37890F05-72AF-466A-8235-A4DFF0FD133A
息子は東京で一般参賀に皇居に、天皇陛下のお言葉を、父親は沖縄の米軍基地、なんとも、奇妙な正月ではある。平成もいよいよ、終わり、昭和は遠くなりにけり。
沖縄と戦争これは避けては通れない。沖縄のことをほんとに、思っているのは、昭和天皇だったし、そして今の平成天皇かもしれない。沖縄の人々への、思いはこれに尽きると思うが。明日はいよいよ、コザ(沖縄市)へ。

沖縄ぶらり旅〜その1

沖縄ぶらり旅行 その1

年末のオールナイトセッション.4時未明に盛況のうち終了、驚くことに、あのピアニスト上原ひろみさんが、参加し、まあ、興奮のるつぼとかし、共演出来た参加者はいい思い出になったのではと。上原ひろみの凄さは、皆さんが知っている通り、あのオスカーピーターソンが絶賛し、アーマッドジャーマルが、サポートし、NYで、華々しいデビュー、その圧倒的、パフォーマンスで、世界を魅了した。リバーで、プレイを目の当たりにし、その凄さ実感。実は5.6年前、Zepp福岡に、聞きに行ったのがライブ初経験。その時のメンバー、すべて外人。上原ひろみって、本当はどうなの?という感じで観に行く。まあ、この手の華々しいデビューした、若いジャズの人は、、となんとなく斜めにバスに構えていた。おじさんは素直ではないのである。CDで何度か聴いていたが、凄いとはおもいながら、やはり、ライブを聞かなくてはと、、。その中で、スタンダードを何曲か演奏した、その圧倒的な表現に唸らされた。しかし、ブルーノートなど、大きな箱でしか、演奏しない遠い距離ミュージシャンという印象でした。しかし、今回リバーみたいな、場末にぶらりと来る気持ちがいいね、話ししてもいい感じで、人間性って大事だなあと、、そういう事で、年末は、興奮の日を最後にリバーの1年ぶりが終わりました。3C4B41C9-ABE1-4691-B20F-5AC37A33C122

そして、あくる日にいつもなら、東京にひとっ飛びし、ピットインのオールナイトに、というのが定番でした、しかし、歳をとったのか、31日にそのまま東京行き、直行するのがなんともしんどくなってきた。去年は、半分は居眠り💤した始末。それに、後半風邪をひいてしまい、息子にも会えず、ホテルで寝込むハメに。ピットインのライブも行けずじまい。そんなこんなで暖かい南へと。それで、7.8年ぶりの沖縄です。サラリーマン時代も仕事で何度か行った、東南アジアの様で自分には好きな所。猥雑でゴミゴミし、異国情緒がある。前回は、大学の後輩といっても、mixiで知り合った、女子大生、当時4年生の沖縄出身の子、もう今は、立派な社会人でしょう。その事は、この独り言にも書いた。リバーサイドにも何回か来てくれた。ジャズクラブの「寓話」「インタ-リュド」にも案内してもらった。そこであの与世山澄子さんにも初めて会いました。それがきっかけで何度かリバーサイドでライブしてもらいました。しかし、根っからの無精と、携帯を何度も変え連絡先を失念して今回は連絡は取れませんでした。まあ、こういうのは、いい思い出にし、リメイクしてはいけません。という事で、今回は元旦の朝の便(これがめちゃ安い)で一路沖縄へ。夕方まで、時間があるので空港からモノレールで終点の首里城まで、行く。元旦だという事もあり、いろんな催し物が。琉球王朝の歴史を観るにつけ、ああ沖縄は、独自の政治文化、風習に根付いた、独立国だったんだと改めて実感する。ここで、あの太平洋戦争での激戦区だったとは、改めて戦争の悲惨さを感じる、沖縄の4人にひとり亡くなっている。ホテルのチェクインまで、かなり時間があるので、国際どおりをブラブラ、凄い人だ、以前来た時とほとんど変わってない。4F62F7B4-C07B-4833-BE51-42179D7AE35E

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以前来た、喫茶店「インシャラー」でコーヒー☕️でもと思ったが、閉まっていた。凄い雰囲気のある店、もう一度、最終日に行ってみようと思う。昼はソウキそばを食べる。最初食べた時は、匂いが?とあんまり美味しくなかったが、今日は凄く美味しく食べた。中の角煮がなんとも美味い。夜はジャズの店とも思ったが、殆どお休み、それはそうだろう!こちとら遊びたい呆けているのだから。まあ、暫し音楽の事は忘れようと思う、孤独のグルメよろしく、兎に角美味しいものが食べたい。沖縄は山羊🐐の肉を食べるんだなあ。しかし、どうも触手が出ない、やはり、ステーキ肉か?と思ったが、いきなりはと思い。沖縄料理の居酒屋に。島らっきょをいきなり注文、酒は勿論泡盛だ。カウンターに座る、ひとりだとやはりカウンターだ。
宮古島から来たオヤジが座っていた。色々話したが、途中、なんだか難しい話に、やたら島に今、自衛隊が多く駐屯している事に、怒っていた。尖閣列島の問題や、中国への牽制なんだろうか、沖縄の人は、やはり戦争がいつも隣合わせという感。暫くすると、若い30代後半かな、男が横に座る、なんだか暗そうな雰囲気、スーツ姿のノーネクタイ、何処から来たのかそれとなく話しかけた。千葉からだと、千葉と言えば自分は船橋の営業所に暫く勤めていた事がある。
土地の話題で盛り上がる、「正月なんで?沖縄?」聞いたら、なにやら奥さんと別れて傷心旅行らしい、しかも3人も子供がいると聞いて、こりゃ重たいわ!と突然自分はフーテンの寅さんよろしく、励ます役に。しかし、養育費とか、考えると頭がクラクラする。でも、居ても立っても居られない気持ちで、沖縄に来たのだろう、兎に角子供達に会えるようにする事だけだ、あとはひたすら働くしかないと励ますが、、人生いろいろ。名刺渡して博多に来たらリバーに寄ってと言って別れた。
寅さんの映画でよくあるシーンではある。船越栄二郎とリリーとの絡みを思い出した、残念ながらリリーみたいないい女は現れなかった。
店を後にしたのが、11時過ぎ、さすがに眠くなり、ホテル帰還、爆睡。明日は、普天間基地に行く🏃‍♂️、前から決めていた。

一日目はこの程度にしとこう。
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